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(財)飫肥城下町保存会
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●日本観光協会主催
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金賞総務大臣賞 受賞
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のロケ地
●「日本100名城」選定
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日南商工会議所 |
小京都 飫肥へようこそ
「城下町の風情と情緒のある町」飫肥は、伊東氏5万1干石の城下町として栄えた「九州の小京都」です。
石垣や蔵、武家屋敷、商人通り、武家屋敷通りなどゆっくりめぐってはいかがでしょうか。徒歩かレンタサイクルがおすすめです。 |
日南工業高校生による飫肥商店街紹介HP
| ◆飫肥城 大手門 |
飫肥城は、寛文2年(1662)の大地震をはじめ、3度の地震が襲いました。そのために大規模改修を余儀なくされました。新しい館となる建物は元禄6年(1693)に完成。飫肥藩伊東家の中心施設としてきました。明治維新間もない明治2年(1869)、伊東家が大手門前の豫章館に移り、明治6年(1873)には、飫肥城内の建物全てが取り壊されました。
取り壊された大手門は昭和53年(1978)6月に樹齢100年の飫肥杉を使用して復元されました。飫肥城の玄関として勇壮を誇っています。
詳しくはこちらをご覧下さい。 |
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| ◆歴史資料館 |
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800年間続いた飫肥藩伊東家歴史に支えられる城下町飫肥には多くの文化財が温存されています。この貴重な文化遺産を保存し、教育文化の振興の一環として、昭和53年に開設、現在飫肥藩ゆかりの歴史資料約220点が展示されています。主な展示物は、伊東家や家臣達に伝えられてきた、甲冑・刀剣・武具・古文書・衣服等です。 |
| ◆商家資料館 |
商家資料館の位置する本通りは、飫肥城下町の商人通りとして栄えたところで、江戸時代の豪商妹尾金物店を移築復元して、資料館としました。
建物は明治3年(1870)に当時の山林地主の山本五兵衛が建てたもので、木造一部二階建ての白漆喰壁の土蔵造りで、樹齢200年以上の飫肥杉を使った豪壮な建物です。当時商家及び商人たちが使用していた道具約250点を展示しています。 |
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| ◆振徳堂(しんとくどう) |
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飫肥藩の藩校で、天保2年(1831)伊東家13代祐相(すけとも)公により、孟子の教えにある「又従而振徳之」から振徳堂と名づけられました。高さ2m以上の高い石垣に囲まれた広い敷地内に、長屋門と母屋が保存されています。
教授には安井清州、息軒親子をはじめ数名の学者を招き、教育につとめていました。小倉処平、小村寿太郎も振徳堂の門下生でした。隆盛時には、講堂、聖堂、槍場、藩公休息の間、書庫などがあり、寮制をしき7歳(数え)から教育しました。明治維新後は小学校、女学校、青年学校などに使われましたが、明治10年の西南の役では飫肥隊の兵站部となり、銃弾の製造が行われていたこともありました。 |
| ◆小村記念館 |
日本の近代外交の礎を築いた明治の外交宮・小村寿太郎侯(1855〜1911)の遺徳を顕彰し、国際交流、教育文化活動及ぴ世界に飛躍する人材育成に寄与することを目的に平成5年開館しました。彼の生い立ちや遺品、ポーツマス会議に望んだ時の様子を再現した絵などが展示されています。 国際交流センターは、300人収容の大会議室と50人収容の小会議室があり、同時通訳施設を完備しています。
小村寿太郎候についてはこちらをご覧下さい。 |
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| ◆旧伊東伝左衛門邸 |
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飫肥城下に残された武家屋敷で、19世紀初めの建築と推定され、慶応4年の城下地図では伊東伝左衛門家とあり、由緒ある建物です。
横馬場と八幡馬場に面した石垣や、枯山水の庭園とともに、飫肥の武家屋敷の典型です。
材料、工法とも優秀で、まさに近世武家屋敷の様相を知ることができ、その価値は高いものがあります。 |
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| ◆松尾の丸 |
| 飫肥城は周囲約2.7kmの城内に松尾の丸、中の城、本丸等の城を配した平城です。伊東、島津の攻防実に84年の記録を残した歴史ある城であり、この松尾の丸は昭和54年(1979)飫肥杉のl
00年杉を使用し、時代考証に慎重な検討を重ね、江戸時代の書院造りの城郭として再現されました。建物は御座の間、茶室、御寝所、湯殿、台所、御蔵などからなる。このうち湯殿は、国宝である西本願寺の飛雲閣のものを模した、こけら葺きの総桧造りです。 |
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| ◆鯉の放流 |
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大手門を下って商家資料館に向かう途中、脇道に入ると澄んだ水の中を泳ぐ、たくさんの鯉を見ることができます。 |
| ◆竹香園の桜 |
約1000本のソメイヨシノが毎年春になると咲き乱れ、花見の行楽客で賑わっています。園内には小村寿太郎侯の銅像もあります。 春には桜まつりが開催されます。 |
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| ◆豫章館(よしょうかん) |
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明治2年(1869)、飫肥藩主の伊東祐帰(すけより)が知事に任ぜられて、城内よりこの屋敷に移りました。その時、邸内にあった数百年を経た大楠にちなんで豫章館と名づけ、今もその名が通用しています。 邸内は明治初年に造られた主屋で、飫肥藩の典型的な武家屋敷です。広い敷地内に母屋や御数寄屋、雑舎、蔵を配し、入り口には薬医門を構えています。南面一帯は武学流の作庭といわれる庭園で、広い空間に庭石や石灯籠、庭木などが巧みに配置され、愛宕山を借景した枯山水の庭園となっています。 |
| ◆四半的(しはんまと) |
島津、伊東の戦国時代、農民が竹の半弓を持ち、戦に参加し、勝利に大きく寄与した功績により娯楽用として弓矢を持つことを許したと伝えられ、現在、目南市の無形民俗文化財に指定されており、競技としても広く親しまれています。射場から的まで四間半、弓矢ともに四尺五寸、的が四寸五分で、全て四半であることから四半的と呼びます。
四半的射場 指導員が丁寧に指導致します。旅の思い出にお試し下さい。 試射料l人10射(記念品付)300円 休場日 毎週水曜日(但し祝日の場合は開場) |
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