経営逆手塾~1話

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月間「商業界」のコラムに「経営逆手塾」というのがあります。
当所会員さんがブログで紹介されていたので、ブログネタが尽きたころに小出しに書きたいと思います。

《第一話》

 ムダを生かす

 経営講習会の席などで、「ムリ・ムダ・ムラをなくすように」という話しをよく聞くことでしょう。もちろんそれはそれで大切なことです。でも工場の流れ作業と違い、お客様の都合が優先する商店では、ムリ・ムダ・ムラはあるのが当たり前。完全にゼロにするのは不可能ともいえます。それならいっそのこと、どうせなくせないならムダを毛嫌いせずに、逆手にとって利用するという発想はできないでしょうか。

ムダは世のため

鎌倉時代のお話です。青砥藤綱という武士がいました。北条時頼の側近で多くの所領を与えられていた実力者でしたが、暮らしは質素そのもの。ある夜、彼が鎌倉の滑川を渡るとき、過って十文の銭を川に落としました。すると彼は、急いで家来を近くの商家に走らせて、五十文のたいまつを買って来させました。川辺でそれに火をつけて、十文の銭をやっと見つけた、という話です。

 この話を聞いて、世間の多くの人は「小利大損」と笑いました。十文の銭を探すのに五十文を使うとは何という愚か者かと。しかし藤綱は泰然として周囲を諭しました。

「私の行為は愚かに見えるが、けしてそうではない。もしも落とした十文をそのままにしておけば、あの銭は永久に世に出ず、死に金となっていたことだろう。わずか十文でも世間を流通させることで、世の動きを活発にする助けになるはずである」

 さらに藤綱は続けます。

「たいまつを買った五十文は無駄な金ではない。あの商家の商いを一件増やしてあげたのだから。つまり私が川からすくった十文と、商家に払った五十文で、合わせて六十文の銭を天下のために生かしたことになるのだよ」

ムダは心の余裕

 一見ムダに見えることを、嘲笑したり、反発したりする例は、現代でもたくさん見かけます。おまけにこの不況。どの店もいかにムダな支出を切りつめるかに必死です。しかし明るい展望というのは、ムダをなくすことに四苦八苦するより、ムダを生かす心の余裕の中に潜んでいるのではないでしょうか。

 たとえば商店街には「街路灯など売り上げに関係ないのだから、そんなものにお金を出すのは馬鹿らしい」と、内心思っている人がいることでしょう。たしかに街路灯の設置には、負担金や電気代など余分な出費がかかります。それに街路灯ができたからといって、人波が急に増えるというものでもありません。しかしそれでも、街路灯は商店街に無形の効果を立派に与えてくれているのです。

 商店街に、あっては困るのは事故と犯罪。痴漢やひったくりが一件でもあれば、それだけでイメージダウンは避けられません。街路灯整備で明るい町並みにすれば、事故や犯罪は極めて起きにくくなることでしょう。事件の起きる確率を小さくすることで、安心して歩けるまちをつくる。そういう展望を抱ける商店街なら、ためらいなく街路灯づくりというすばらしいムダを推進しているはずです。

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このページは、西都商工会議所が2008年12月 3日 13:22に書いたブログ記事です。

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